読切小説
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南京錠に秘める歌
「踏みしめる 地面の凍てつき 伝わりて 胸の奥まで 染み入る疼痛」
パソコンに打ち込んで送信ボタンを押した。
あまりにも、合わなさ過ぎる。合わなさ過ぎるね、そう呟く。
汗が滲むような梅雨明けの季節にも、高校生というまだ青い季節を過ごす女の子としての気持ちにも、部屋の扉に南京錠をかけてお風呂とトイレ以外はほとんど部屋の外に出ないあたしのこの今の現状にも、なにもかも、あたしの世界の何もかもに・・・・この浅はかな歌は合わなさ過ぎる。
国語の成績はよくなかった、ただ、ただ、書くことが好きだった・・・・それだけだった。
夢中だった。短歌とか歌とかそんな習ったことないようなものを書き綴っていくことであたしはこの引きこもり鬱病生活から逃避しようとしていたのだ。
引きこもり、それだけで充分社会とかいうよくわからないものから逃げようとしているのに、あたしはこれ以上何から逃げるんだろう。
ピピッピピッという音がした。
あたしのパソコンにはメールが来ると知らせる機能があって、こうして深夜にぶしつけに意味のわからない文字を詰め込んで送信しても、あたしのパソコンは必ずその音を控えめに、でもやさしく鳴らしてくれる。
それは、この歌を・・・・・あたしの書くすべての文字をささげたいと思ってしまう優しい優しい彼女からのつたないながらも真摯な返信の音で、そしてあたしはまた恋焦がれて切ないような、泣きたいような、逃げ出したいような、すべてを捨てたくなるような、気持ちにさせられるのだ。
ただの、メールの送受信。クラスメイトで同じ苗字で出席番号が1つ違いという理由だけで一瞬仲良くなった女の子との、ただのお遊びのようなメールのやりとり。ただそれだけ。
そう、ただそれだけ。
パソコンの画面は白く光っていて、無機質で冷たくて・・・・・でもその向こうに彼女は確かにいて。
ねぇ、あなたの歌は誰のための歌かな?
あたしの歌は、全部全部あなたのための歌だよ。
それは、いったいなんの感情なのかな。
パソコンの画面には優しい優しい文字が並んでいて、あたしは少し眠気を感じる。
いつもそうだ。彼女の歌はたとえそれが文脈が間違っていても誤字脱字があっても、必ずあたしを安心させてくれる。
外に出れば会えるのに。会えるのに、ごめんね。

今はあなたに伝えることができないよ。歌でしか、遠まわしな、なんと名をつけていいのかわからないような歌でしかあなたにあたしを表現できない。

光るパソコンの中の文字。それがまぶしいのはその文字があんまり優しいから?それともあたしがあまりにもあなたを好きだから?それともあたしの思いがあなたの思いと、違うから?あたしがあなたに、女のあたしが女のあなたに、触れたいって口付けたいって思っているから?
そして、それを悪いことだと思われるのが、気持ち悪いと思われるのが、怖いからかな?

「夕闇に あなたを思いし 時間あり 暮れゆく空に 心地いい風」
彼女の文章はいつだって優しくて、あたしを責めない。学校に行かなくなった理由も聞かない。
ある日あたしはパソコンのメアドだけ無理やり彼女に渡して学校に行かなくなった。
入学した当時短歌にはまっていたあたしは、右側だけを異常に長く伸ばしたアシンメトリーな髪形やうかがうように下から見上げる癖のある目線のせいでエキセントリックな異端児だった。お弁当を一緒に食べるような友達ができず、また作ろうとも思えず、いつも図書室でお弁当を食べていた。ひとり、ただ本を読みながら。
一方で、友達のいないあたしのレトロな趣味に興味を持ったらしい彼女は、よく喋り友達も多いはずなのになぜがよく図書室に来ては、もくもくと本を読みレポート用紙に文字を書き綴るあたしの横でいろんな話をしてくれた。
空が綺麗だった夏の話、稲刈りを手伝った秋の話、寒椿の落ちる音が聞こえて切なくなった冬の話、蓮華草を部屋の空き瓶に飾った春の話。
それは不思議な時間で、生返事で聞きながらあたしはただひたすら考えていた。

いつもいつの間にかそばにきている彼女に、触れたいという気持ちと、彼女にあたしを見て欲しいという気持ちを。

それは恋だとかいわれるのだろうか。だとしたらあたしはやっぱり異端児?男の子を好きになれないし、彼女にばかり惹かれていくし。

そのころから、あたしはちょこちょこ学校に行かなくなった。そしてそれはどんどんひどくなって仕事で不在がちな両親をいいことにあたしはほとんど学校に行かなくなった。
でも、彼女はそうやって学校に来なくなったあたしに何ヶ月もたってからたった一通だけメールをくれた。
それはそっけなく、稚拙な歌だった。歌と読んでいいのかもよくわからない文章だったけど・・・・・・・あたしは涙が止まらなかった。
そのときあたしは自分の部屋に、南京錠をつけた。
誰も入ってこない静寂の空間の中、彼女との一日一通の歌のやり取りだけが救いだった。
でも、そこに溺れて外の世界を拒絶するのはけっして賢いやり方ではないことも知っていた。

怖かったのだ。変態みたいにからかわれるかもとか、彼女に軽蔑されたらとか、あたしはもしかしたら異質な物質でただ人間の成りをしているだけの別の生き物かもしれないとか、いろいろな思いが交錯して・・・・・彼女の目を見ることすら怖くなった。優しい彼女の言葉すら怖かった。

南京錠は全部で三つ。
ドア越しに返事さえしていれば、仕事ばかりの両親はそれに気づかない。
レトルト食品とかお菓子とかを取りに夕方に居間にいけばばったり会う時もあるけれど、だいたいいつもお金の入った封筒を置いて「出張、次は・・・・」って何日間どこに行くのかを告げられるくらい。
いまさら外に出たいわけでもないけれど・・・・・・たまに彼女の顔がみたくなる。そんなときはだいたい夜だ。
なぜかなみだがとまらない。
たまに、思う。
トイレとかお風呂のためにドアの南京錠を開けて部屋を出たとき。
このまま裸足ででも走っていって彼女の家にいったら。

またいつものようにやさしくわらって声をかけてくれるだろうか。
久しぶり、っていうただ一言だけでいい。
あたしを認めて欲しい。
その瞬間はたぶん、恋も愛もどうでもいいって思えると思う。
インターネットで検索したらあまりにも大量の情報が出てきてびっくりしたレズビアンっていうカテゴライズにあたしが入ろうが入らなかろうが、どうでもいいってきっと思える。

彼女が好きだから、ただそれだけ。

だけどあたしは裸足で飛び出すことはなく、結局やっぱり一日に、一回、たったそれだけのメールのやりとりをするだけ。
そこにはなにがあるのか、まだよくわからない。
好きの種類とか、そういうものがあるんならどういうものに彼女への思いが当てはまるのかもわからない。
あの、目じりが下がってかわいい彼女の笑顔を見たいのに、じれったくて苦しくなる。
だけどあたしは・・・ただ歌を送り続けるだけ。
今はそれだけがあたしたちの唯一のつながり。
あたしはまだ、本気で彼女とのつながりを持つのが怖い。怖いからこの部屋から出られない。
何も伝えなくても気が済むんなら、黙っていられる程度の感情なら、何も考えてないふりをして彼女の近くで本を読んでいたあの数週間は続いていたと思う。
だけどあたしは想ってしまうから。あなたの見てる季節が見たいって。あたしのこのモノクロの世界に唯一射す光はあなただって思ってしまうから。
遠い、遠い、場所にいる。まるで違う、世界にいる。
それは引きこもり生活をして南京錠で部屋に立てこもったあたしのせいだとわかっているんだけれど。まだ、外に出て彼女に会って目を見れる自信は全然なくて。
でも、会いたくて歌を詠むと切なくて・・・結局は、あたしのせいいいっぱいの気持ちとして送らずにはいられない。
そしていつものように、優しい返信が来るのを待ってしまう。
たぶん、この毎日はまだ終わらない。

あたしが彼女の顔をもう一度見れるまで。彼女に笑いかけられる自信が出るまで。
彼女への気持ちを素直に自分が受け止められるまで。
南京錠がひとづつあたしの部屋のドアから外れていくまで。

だけど、次に会ったら笑顔を見せよう。とびっきりの一番の笑顔。
それだけは、鍵を付けた時から決めているんだ。
10/11/21 16:37更新 / 文月美弥

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